
第11部 見る・聞く・測る第30章 NEW
評価とベンチマーク
「このモデルはベンチマークで1位」という発表を、どこまで信じてよいのでしょう。ベンチマークの読み方と、自分のアプリでモデルを評価する方法を身につけます。
このページの内容(10項目)
模試で満点の生徒が、本番の入試で思うように解けない。なぜでしょう?
理由の一つは、模試の問題を過去問として丸暗記していたからかもしれません。LLMのベンチマークにも同じことが起きます。インターネット上の膨大な文章で学習するLLMは、試験問題そのものを学習中に見てしまうことがあるのです。この章では、ベンチマークの点数を正しく読む方法と、自分の用途に合ったモデルを選ぶための評価のしかたを見ていきます。
なぜLLMの評価は難しいのか
ひとことで言うと
LLMは自由な文章を返し、同じ質問でも毎回少しずつ答えが変わり、聞き方によって成績も変わります。だから1つの点数ではモデルの良し悪しを語りきれません。
- 正解が1つとは限らない: 要約や文章作成は、良い答えが何通りもあります。
- 答えが揺れる: サンプリング(第2章)があるので、同じ問題でも正解したりしなかったりします。何回か解かせた平均を見る必要があります。
- 聞き方で変わる: プロンプトの書き方、例題の有無、推論モデルなら思考の量(第27章)で点数が動きます。MMLU-Pro の論文は、24種類のプロンプトで成績の揺れを調べています。
- 「良い」の中身が人による: 正確さ、読みやすさ、安全性、速さ、安さ。どれを重視するかは用途次第です。
いちばん素朴な指標:パープレキシティ
パープレキシティ(perplexity)は、モデルが文章の次のトークンをどれだけ迷わずに予測できたかを表す数値で、低いほど良いとされます。「次の単語の候補を平均で何個くらいに絞り込めているか」というイメージです。
便利なのは、同じモデルの量子化前後(第10章)を比べるような場面です。llama.cpp にも計測ツールがあり、量子化による品質低下の確認に使われています。一方で、llama.cpp のドキュメント自身が、トークナイザが違うモデル同士では直接比べられないこと、指示に従うよう微調整すると人間の評価は上がってもパープレキシティは悪化しがちなことを注意しています。「役に立つかどうか」は測れないのです。
ベンチマークの地図
そこで、問題と正解を用意して解かせるベンチマークが使われます。代表的なものを、何を測っているかで分けてみます。
| 分野 | 代表例 | どんな問題か |
|---|---|---|
| 幅広い知識 | MMLU、MMLU-Pro | 57分野の多肢選択。Proは選択肢を4つから10個に増やし推論寄りに |
| 専門家レベル | GPQA | 生物・物理・化学の専門家が作った448問。検索しても解きにくい |
| 最難関の知識 | Humanity's Last Exam | 数十分野の専門家が作った2,500問。自動採点できる形式 |
| 数学 | AIME | 米国の数学コンテストの問題。答えが整数で採点しやすい |
| プログラミング | HumanEval、LiveCodeBench | 関数を書いてテストを通す。LiveCodeBenchは新しい問題を継続的に追加 |
| 実務のコード修正 | SWE-bench 系 | 実在のGitHubのissueを解決し、テストが通るか |
| 未知の課題への適応 | ARC-AGI | 初見のパズルの規則を見抜く。ARC-AGI-3はゲーム形式 |
| 人間の好み | Arena(旧 Chatbot Arena) | 2つの匿名モデルの回答を人が比べて投票 |
いくつか補足します。GPQA の論文では、その分野の博士(課程を含む)の正答率が65%、ほかの分野の優秀な人がウェブ検索を使って30分以上かけても34%でした。HumanEval は手書きの164問のPythonの問題です。SWE-bench Verified は、元のSWE-benchから人手で品質を確認した500問のサブセットです。
ARC-AGI は、2019年にフランソワ・ショレが知能の測り方を論じた論文から生まれました。知識の量ではなく、初めて見る課題にどれだけ効率よく適応できるかを測ろうとしています。ARC Prize 2026 の課題になっている ARC-AGI-3 は、説明なしのゲーム環境を探索し、自分で目標を見つけて攻略する対話型のベンチマークです2026年10月時点。
Arena は、2023年に Chatbot Arena として始まり、LMArena を経て2026年1月に「Arena」へ名称を変えました。人間の投票からモデル同士の強さを推定するので、「人が好む回答」を幅広く測れます。そのかわり、好まれやすい書き方(長さや見た目)の影響も受けます。
日本語のベンチマーク
英語のベンチマークで高得点でも、日本語で同じように使えるとは限りません。日本語向けの代表的な評価は次のとおりです2026年10月時点。
| 名前 | 作った人 | 特徴 |
|---|---|---|
| JGLUE | ヤフーと早稲田大学 河原研究室 | 翻訳ではなく一から作った日本語の理解タスク集(JSQuAD、JCommonsenseQA、JNLIなど) |
| Japanese MT-Bench | Stability AI | 多ターンの対話力を測るMT-Benchを日本語化。LLMが審査員になって採点 |
| llm-jp-eval | LLM-jp | 既存の日本語データセットを横断して自動評価するツール |
| Nejumi Leaderboard 4 | Weights & Biases Japan | 上記のような評価を組み合わせた日本語LLMの総合リーダーボード。アプリ開発能力や安全性の評価も強化 |
JGLUE は分類・文の類似度・読解など、文の理解を測るタスクが中心です。チャットで使うLLMの実力を見るなら、対話や生成を含む Japanese MT-Bench や、複数の評価をまとめた Nejumi のほうが参考になるでしょう。ただし Nejumi も「既存ベンチマークの飽和」に対応するために版を重ねてきました。版が変われば点数の意味も変わります。
汚染と飽和:ベンチマークの寿命
ベンチマークは、使い続けるうちに「過去問」になります。問題と答えがネットに出回れば学習データに混ざり(汚染)、みんなが満点近くを取るようになれば差がつかなくなります(飽和)。模試の問題を毎年作り直すのと同じで、ベンチマークも作り直しが必要です。
flowchart TD A["新しいベンチマーク
公開"] --> B["各社が点数を競う"] B --> C["問題と答えが
ネットに広まる"] C --> D["学習データに混入
=汚染"] B --> E["上位が満点近くに
=飽和"] D --> F["点数が実力を
反映しなくなる"] E --> F F --> A
汚染(contamination)の例として、2024年の GSM1k の研究があります。小学校レベルの算数ベンチマーク GSM8k とそっくりな新しい問題を1000問作って解かせたところ、一部のモデル群で正答率が最大8%下がり、元の問題に過剰に適応している兆候が見られました。
実務向けのベンチマークでも同じことが起きます。OpenAI は2026年2月、自ら公開した SWE-bench Verified の結果報告をやめると発表しました。学習時に問題を見ていた形跡があること、正しい修正を不合格にしてしまう不備のあるテストが多いことが理由で、代わりに一部の問題を非公開にした SWE-bench Pro を勧めています。
飽和(saturation)については、Humanity's Last Exam の論文が、MMLUのような有名ベンチマークでLLMの正答率が90%を超え、最先端の差を測れなくなったことを作成の動機に挙げています。対策としては、LiveCodeBench のように新しい問題を足し続け、モデルの学習データの締め切り日より後の問題だけで測る方法や、問題の一部を非公開にする方法がとられています。
LLMに採点させる:LLM-as-a-judge
文章の良し悪しを人間が全部採点するのは大変です。そこで強いLLMを審査員にするLLM-as-a-judgeが広く使われています。2023年の Zheng らの研究では、GPT-4 を審査員にすると人間の判断と80%以上一致し、人間どうしの一致率と同程度でした。ただし同じ論文が、審査員LLMのくせも指摘しています。
| くせ(バイアス) | 内容 | 対策の例 |
|---|---|---|
| 位置バイアス | 先に(または後に)出された回答をひいきする | 順番を入れ替えて2回採点する |
| 冗長性バイアス | 長くて詳しそうな回答を高く評価しがち | 採点基準に「簡潔さ」を入れる |
| 自己ひいき | 自分(同系統のモデル)の回答を好む | 審査員と被評価モデルを別系統にする |
人間の投票によるランキングにも落とし穴があります。2025年の論文「The Leaderboard Illusion」は、一部の企業が公開前に多数の非公開バリアントを Chatbot Arena で試し、良かった結果だけを公表できたことで順位がゆがんだと指摘しました。Llama 4 の公開前には Meta が27もの非公開バリアントを試していたと報告しています。
リーダーボードの読み方
pass@k パス・アット・ケー
k回解かせて、1回でも正解すれば合格とする数え方。HumanEval の論文で広まりました。pass@1 は「1回目で正解できる率」、pass@10 は「10回のうち1回でも正解できる率」なので、同じモデルでも pass@10 のほうが高く出ます。比べるときは k をそろえるのが前提です。
点数を見るときは、次のチェックリストを思い出してください。
- いつの、どの版か: 日付とベンチマークの版(例: SWE-bench の Verified か Pro か)を確認する。
- 条件はそろっているか: 試行回数(1回目で正解か、k回中1回でも正解か)、思考の量、ツールや検索の使用可否、エージェントの枠組みが同じか。
- 誰が測ったか: 開発元の自己申告か、第三者の再現か。
- 差は誤差を超えているか: 数百問程度のベンチマークでは、1〜2ポイントの差は揺れの範囲かもしれない。
- 費用と速さは: 同じ点数でも、1問あたりのトークン数や時間が10倍違えば実用上は別物。
注意
この本ではベンチマークの具体的な点数をあえて載せていません。点数は数か月で塗り替わり、測定条件の違いで簡単に変わるからです。最新の値は、各ベンチマークの公式サイトやモデルの公式発表で、日付と条件を確認しながら読んでください。
自分のアプリを評価する
ひとことで言うと
最終的に頼れるのは、自分の用途から作った小さな評価セットです。公開ベンチマークは候補を絞るための参考にとどめましょう。
実際の問い合わせ、社内文書、過去の不具合など、自分の用途を代表する入力と、それに対する理想の答え(または合否の基準)を集めたものをゴールデンセットと呼びます。最初は30〜100件程度でも、何も測らないよりずっと役に立ちます。
flowchart TD A["実際の入力を集める"] --> B["正解や採点基準を
つけてゴールデンセットに"] B --> C["モデル・プロンプト・
設定ごとに実行"] C --> D["採点
完全一致・テスト・
LLM審査員・人手"] D --> E["精度・費用・
待ち時間を比較"] E --> F["本番で見つかった
失敗例を追加"] F --> C
採点方法は、できるだけ機械的なものから選びます。分類や抽出なら完全一致、コードならテストの実行、RAG(第19章)なら「根拠の文書を正しく引けたか」が使えます。自由な文章だけはLLM審査員に頼り、その審査員の判定も一部を人間が抜き取りで確かめます。
指標は精度だけではありません。最初の1文字が出るまでの時間(TTFT: Time To First Token)、1秒あたりの生成トークン数、1件あたりの費用も一緒に記録しましょう。モデルの更新、プロンプトの修正、量子化(第10章)の変更のたびに同じセットを流せば、知らないうちに品質が落ちるデグレ(回帰)にも気づけます。エージェント(第28章)なら、最終結果だけでなく、途中の手数や失敗からの立ち直りも見どころです。
ためしてみよう
いま使っているプロンプトに対して、よくある入力を10件、意地悪な入力(空欄、長すぎる文、想定外の言語)を5件用意し、2つのモデルや2つの設定で結果を並べてみてください。表にするだけでも、ベンチマークの順位とは違う「自分にとっての良いモデル」が見えてきます。
よくある誤解
リーダーボードで1位のモデルが、自分の用途でもいちばん良い
ベンチマークは特定の問題での成績にすぎない。用途・言語・費用・速度の条件が違えば順位は入れ替わる
パープレキシティが低いモデルほど、チャットの回答も賢い
パープレキシティはトークナイザが違うと比べられず、指示追従の良さも反映しない。同じモデルの量子化前後の比較などに向く
LLMに採点させれば、人間の評価はいらない
LLM審査員には位置・長さ・自己ひいきのくせがある。基準を決め、一部は人が確かめる
確認クイズ
Q1. 「データ汚染」とは何?
ベンチマークの問題や答えが、モデルの学習データに混ざってしまうことです。過去問を丸暗記した状態に近く、点数が本当の実力より高く出ることがあります。
この章のまとめ
- LLMの評価は、答えの自由さ・揺れ・聞き方の影響で難しい。1つの点数では語れない。
- ベンチマークは知識・専門QA・数学・コード・適応力・人間の好みなど、何を測るかで選ぶ。日本語にはJGLUEやNejumiなどがある。
- 汚染と飽和でベンチマークには寿命がある。日付・版・条件・測定者を確認して読む。
- LLM-as-a-judgeは便利だが、位置・長さ・自己ひいきのくせがある。
- 最後は、自分の用途から作ったゴールデンセットで精度・費用・待ち時間を測る。
さらに深く学ぶ
この章の内容をもう一歩掘り下げるための原典です。
- Measuring Massive Multitask Language Understanding57分野の選択式問題で知識を測るMMLUの論文。長く標準的な指標でしたが、いまは飽和の例としても語られます。
- Judging LLM-as-a-Judge with MT-Bench and Chatbot ArenaLLMに採点させる評価の有効性と偏り(位置・長さ・自己びいき)を分析し、MT-Benchを提案した論文。
- SWE-bench: Can Language Models Resolve Real-World GitHub Issues?実在のGitHubのissueを解決できるかで測るベンチマーク。コーディングエージェントの実力比較で最もよく引用されます。
- A Careful Examination of Large Language Model Performance on Grade School Arithmeticよく似た新作問題を作って解かせると点数が下がるモデルがあることを示し、ベンチマーク汚染の影響を測った研究。
出典・参考
- llama.cpp tools/perplexity README — パープレキシティの注意点(2026年10月確認)
- Hendrycks et al. "Measuring Massive Multitask Language Understanding"(MMLU, arXiv:2009.03300) / Wang et al. "MMLU-Pro"(arXiv:2406.01574, 2024)
- Rein et al. "GPQA: A Graduate-Level Google-Proof Q&A Benchmark"(arXiv:2311.12022, 2023)
- Phan et al. "Humanity's Last Exam"(arXiv:2501.14249, 2025)
- openai/openai_humaneval(Hugging Face) / Chen et al. "Evaluating Large Language Models Trained on Code"(arXiv:2107.03374, 2021)
- Jain et al. "LiveCodeBench"(arXiv:2403.07974, 2024)
- Jimenez et al. "SWE-bench"(arXiv:2310.06770, 2023) / SWE-bench Verified データセット / "SWE-Bench Pro"(arXiv:2509.16941, 2025)
- OpenAI "Why we no longer evaluate SWE-bench Verified"(2026年2月) / GIGAZINE による解説
- Chollet "On the Measure of Intelligence"(arXiv:1911.01547, 2019) / ARC Prize "ARC-AGI-3"(2026年10月確認)
- Chiang et al. "Chatbot Arena: An Open Platform for Evaluating LLMs by Human Preference"(arXiv:2403.04132, 2024) / Arena Blog "LMArena is now Arena"(2026年1月)
- yahoojapan/JGLUE(GitHub)
- Stability-AI/FastChat(jp-stable)llm_judge — Japanese MT-Bench(2026年10月確認)
- llm-jp/llm-jp-eval(GitHub)
- Nejumi Leaderboard 4 / W&B レポート(2026年10月確認)
- Zhang et al. "A Careful Examination of Large Language Model Performance on Grade School Arithmetic"(GSM1k, arXiv:2405.00332, 2024)
- Zheng et al. "Judging LLM-as-a-Judge with MT-Bench and Chatbot Arena"(arXiv:2306.05685, 2023)
- Singh et al. "The Leaderboard Illusion"(arXiv:2504.20879, 2025)