
第1部 全体像をつかむ第1章
LLM周辺の世界地図
GGUF、量子化、llama.cpp、RAG、MCP……。ばらばらに見える用語を6つの層に並べると、どれが何の仲間なのかが見えてきます。この本全体の地図をつくる章です。
「Qwen の GGUF を Q4_K_M で落として、Ollama で回してる」
友人がさらっと言ったこの一文。実は5つの別々の世界の言葉が混ざっています。モデルの名前、ファイル形式、量子化の種類、実行ツール、そして「動かす」という行為そのもの。全部まとめて「AIの話」に聞こえるのが、LLMまわりの用語がむずかしく感じる一番の理由です。
この章では細かい説明に入る前に、用語を置いておく「棚」を用意します。棚さえあれば、知らない言葉に出会っても「ああ、これは実行の棚の話だな」と整理できるようになります。
そもそもLLMは何をしているのか
ひとことで言うと
LLM(大規模言語モデル、Large Language Model)は、「ここまでの文章の次に来そうな一語」を予測し続ける巨大な計算式です。
「今日の天気は」と入力すると、LLMは「晴れ」「雨」「くもり」……といった候補それぞれに確率をつけ、その中から1つを選びます。選んだ語を文章の末尾に足して、また次の一語を予測する。これをひたすら繰り返して、文章や回答やプログラムを書いています。
スマホの予測変換を、ものすごく賢く、ものすごく大きくしたもの——と考えると出発点としてはちょうどいいです。ただし予測変換が「よく使う単語」を覚えているだけなのに対し、LLMは文脈全体を読んで、質問の意図や文章の流れに沿った次の一語を選べるところが違います。
この「一語」は正確にはトークンと呼ばれる単位で、単語より細かいこともあります。トークンの切り方や、確率から1つを選ぶ仕組み(サンプリング)は第2章でさわって確かめられます。
いまのLLMのほとんどは、2017年の論文で提案されたTransformerという構造をもとにしています。文章のどの部分とどの部分が関係しているかを「注意(attention)」という仕組みで一度に見渡せるのが特徴で、これが大規模化と相性がよかったのです。
用語を並べる「6つの層」
LLMにまつわる言葉は、ほぼすべて次の6つの層のどこかに属します。下から上へ、「材料」から「使う場面」へと並んでいます。
flowchart TD A["① データ
文章・コード・会話"] --> B["② 学習
事前学習・SFT・LoRA"] B --> C["③ モデル
重み・トークナイザ"] C --> D["④ 形式と軽量化
safetensors・GGUF・量子化"] D --> E["⑤ 実行
llama.cpp・vLLM・GPU"] E --> F["⑥ アプリ
チャット・RAG・エージェント"]
| 層 | ここに属する言葉の例 | 主な章 |
|---|---|---|
| ① データ | コーパス、学習データ、データセット、埋め込み用の文書 | 12・19 |
| ② 学習 | 事前学習、SFT、RLHF、DPO、LoRA、QLoRA、蒸留 | 12〜14・27 |
| ③ モデル | 重み、パラメータ、トークナイザ、MoE、推論モデル、マルチモーダル | 2・26・27・29 |
| ④ 形式と軽量化 | safetensors、GGUF、量子化(Q4_K_M、FP8…)、BitNet | 4・5・10・11 |
| ⑤ 実行 | 推論ランタイム、llama.cpp、Ollama、vLLM、KVキャッシュ、GPU、CUDA | 6〜9・15〜18 |
| ⑥ アプリ | チャットUI、API、RAG、エージェント、MCP、コーディングエージェント、評価 | 19・20・28・30 |
冒頭の一文を分解してみましょう。「Qwen」は③モデルの名前、「GGUF」は④のファイル形式、「Q4_K_M」は④の量子化の種類、「Ollama」は⑤の実行ツール。こうして層に割り振るだけで、文の意味がぐっとはっきりします。
使い方のコツ
知らない用語に出会ったら、まず「これは何層の話?」と自問してみてください。層が分かれば、比べるべき相手も分かります。たとえば「GGUFとOllamaはどっちがいい?」という問いは、④と⑤を比べているのでそもそも噛み合っていない、と気づけます。
「学習」と「推論」は別のイベント
地図の中でいちばん大きな境目は、②学習と⑤実行のあいだにあります。
料理にたとえると、学習はレシピを何年もかけて開発すること、推論はできあがったレシピで毎日料理を作ることです。レシピ開発には巨大な厨房と莫大な費用がかかりますが、一度できたレシピは家庭の台所でも使えます。
| 学習(training) | 推論(inference) | |
|---|---|---|
| 何をする | 大量のデータから重みを調整する | 完成した重みで次のトークンを計算する |
| 頻度 | モデルごとに一度(+追加学習) | 使うたびに毎回 |
| 規模 | 大規模なGPUクラスタで長期間 | 1台のGPUやPC、スマホでも可能なことがある |
| 重みは | 変わる | 変わらない |
ここで大事なのは最後の行です。チャットで何を話しても、その場でモデルの重みが書き換わるわけではありません。会話の内容を覚えているように見えるのは、それまでのやり取りを毎回まとめて入力し直しているからです(この「入力できる長さ」の上限がコンテキスト長)。
なお「推論」という日本語は、英語の inference(モデルを動かして出力を得ること)の訳としても、reasoning(考えて結論を導くこと)の訳としても使われます。本書では前者を「推論」、後者の意味で「考える」タイプのモデルを「推論モデル(reasoning model)」と呼び分けます。後者は第27章で扱います。
LLMの使い方は大きく2通り
⑥のアプリからLLMを使うルートは、大きく分けて2つあります。
flowchart TD
U["あなたのアプリ"] --> Q{"どこで動かす?"}
Q -->|"API"| C["提供元のサーバー
重みは非公開でもOK"]
Q -->|"ローカル・自前"| L["自分のPCやサーバー
公開された重みが必要"]
API で使う クラウド
モデルの提供元のサーバーにリクエストを送り、結果だけを受け取ります。ChatGPT や Claude、Gemini のような最先端モデルの多くはこの形で提供されていて、重みそのものは公開されていません。手軽で高性能ですが、データが外部に出ることと、使った分だけの料金がかかることを意識する必要があります。
自分で動かす ローカル・セルフホスト
重みが公開されているモデル(オープンウェイトモデル)をダウンロードし、自分のPCやサーバーで動かします。たとえば OpenAI は 2025年8月に gpt-oss-120b と gpt-oss-20b を Apache 2.0 ライセンスで公開しました。ほかにも Llama、Qwen、Gemma、DeepSeek などのモデル群が重みを公開しています。データを手元から出さずに済み、オフラインでも使えますが、メモリやGPUなどの準備は自分の責任です。
ローカルで動かすときに初めて、④のファイル形式や量子化、⑤のランタイムやGPUの話が自分ごとになります。この本の真ん中あたり(第4〜18章)が厚いのはそのためです。実際に動かしてみたい人は第23章に最短ルートをまとめました。
よくある誤解
よくある誤解 1
よくある誤解 2
よくある誤解 3
確認クイズ
Q3. 「GGUFとOllama、どっちを使えばいい?」という質問にどう答える?
比べる相手がずれています。GGUFは④のファイル形式、Ollamaは⑤の実行ツールで、OllamaはGGUF形式のモデルを読み込んで動かせます。「両方使う」が答えになることが多い質問です。
この章のまとめ
- LLMは「次のトークン」を予測し続ける巨大な計算式
- 用語は ①データ ②学習 ③モデル ④形式と軽量化 ⑤実行 ⑥アプリ の6層に並べると整理できる
- 学習は重みを作るイベント、推論は重みを使うイベント。使っているあいだ重みは変わらない
- 使い方は「APIで借りる」か「公開された重みを自分で動かす」かの2通り
次に読む章
さらに深く学ぶ
この章の内容をもう一歩掘り下げるための原典です。
- Attention Is All You NeedいまのLLMの土台であるTransformerを提案した論文。再帰をやめてアテンションだけで系列を扱う発想が、大規模化への道を開きました。
- Scaling Laws for Neural Language Modelsモデルの大きさ・データ量・計算量を増やすと損失がべき乗則でなめらかに下がることを示した論文。「大きくすれば賢くなる」時代の出発点です。
- Language Models are Few-Shot LearnersGPT-3の論文。追加学習なしでも、プロンプトに例をいくつか書くだけで多様なタスクをこなせる「few-shot」能力を大規模に示しました。
出典・参考
- Vaswani et al., “Attention Is All You Need” (2017), arXiv:1706.03762 — Transformer の原論文
- openai/gpt-oss-20b モデルカード(Hugging Face) — Apache 2.0 ライセンス、パラメータ数(2026年10月確認)
- OpenAI, “Introducing gpt-oss” — 2025年8月5日公開の発表
- Open Source Initiative, “The Open Source AI Definition” — オープンソースAIの定義(2026年10月確認)