第7部 学習と微調整第12章

事前学習・継続事前学習・SFT

LLMは一度に完成するわけではありません。事前学習で幅広く学び、SFTや好みの学習(RLHF・DPO)で「話し相手」に仕上がるまでの道のりと、蒸留・継続事前学習の位置づけを整理します。

約15分で読めます2026年10月改訂

このページの内容(11項目)
  1. LLMが育つ道のり:大きく2段階
  2. 事前学習:ひたすら「次の単語当て」
  3. 継続事前学習:得意分野を「追加で」学ぶ
  4. SFT:手本を見せて「答え方」を教える
  5. 好みを教える:RLHFとDPO
  6. 正解を確かめられるなら強化学習:RLVR
  7. 蒸留:大きな先生から小さな生徒へ
  8. モデル名から学習段階を読み取る
  9. 自分で学習させるべき? 判断の目安
  10. さらに深く学ぶ
  11. 出典・参考

同じモデル名なのに、「Base」と「Instruct」でまるで性格が違うのはなぜ?

Hugging Faceでモデルを探すと、Qwen2.5-0.5B と Qwen2.5-0.5B-Instruct のように、同じ名前で末尾だけ違うものが並んでいます。Base版に「日本の首都は?」と聞くと、答えずに「アメリカの首都は? フランスの首都は?」と問題文の続きを書き始めることがあります。Instruct版なら「東京です」と答えます。

この差は、学習の段階の違いから生まれます。この章では、LLMが「文章の続きを書く機械」から「頼れる話し相手」になるまでの学習ステップを順番に見ていきます。

LLMが育つ道のり:大きく2段階

ひとことで言うと

LLMの学習は、膨大な文章で「次の単語を当てる力」をつける事前学習と、その力を人の役に立つ形に整える事後学習(post-training)の2段階です。事後学習には、SFT、好みの学習(RLHF・DPO)、強化学習などが含まれます。

人の成長にたとえると、事前学習は「学校で国語も数学も歴史も幅広く学ぶ」時期。SFTは「就職して職場研修で、仕事の受け答えの型を教わる」段階。好みの学習は「先輩から『こっちの言い方のほうがお客さまに喜ばれるよ』と添削を受ける」段階です。

flowchart TD
  A["大量のテキスト"] --> B["事前学習
次トークン予測"] B --> C["Baseモデル"] C --> D["継続事前学習
分野・言語を追加"] C --> E["SFT
指示と回答の手本"] D --> E E --> F["好みの学習
RLHF・DPO"] F --> G["強化学習
RLVRなど"] G --> H["Instruct・Chatモデル"]
図: LLMの学習段階の大まかな流れ(実際の順序や組み合わせはモデルごとに違う)

図はあくまで典型例です。SFTと好みの学習を何度か往復させたり、強化学習を大きく使ったりと、各社のレシピはさまざまです。ただ「まず広く学び、あとから使い方を整える」という骨組みはほぼ共通しています。

事前学習:ひたすら「次の単語当て」

事前学習(pre-training)では、ウェブページ、書籍、コードなどの大量のテキストを読み、「ここまでの文章の次に来るトークンは何か」を当てる練習を延々と繰り返します。これを次トークン予測(next-token prediction)と呼びます。正解は文章そのものに含まれているので、人がラベルを付ける必要がありません。

単純な練習ですが、続きをうまく当てるには文法も、事実も、論理の流れも知っている必要があります。その結果、モデルの重みの中に言語や知識のパターンが蓄えられていきます。トークンについては第2章を参照してください。

規模は桁違いです。たとえばMetaは、Llama 3を15兆(15T)トークン超のデータで事前学習したと説明しています。また2022年の「Chinchilla」論文は、計算量を最も効率よく使うには、モデルの大きさと学習トークン数を同じ割合で増やすべきだと示し、その後のモデル設計に大きな影響を与えました。

Baseモデル ベースモデル / 基盤モデル

事前学習を終えただけのモデル。知識は豊富ですが、「質問に答える」という作法を知らないので、文章の続きを書こうとします。微調整(ファインチューニング)の出発点として配布されることが多く、名前に「Base」が付くか、何も付かないのが一般的です。

もう一歩深く: 量だけでなく「質」

事前学習のデータは、集めたまま使うわけではありません。重複した文章を取り除き、質の低いページや有害な内容をふるい落とし、言語やコードの割合を調整します。同じ計算量でも、データの選び方で出来上がるモデルの賢さは大きく変わります。各社が学習データの詳細をあまり公開しないのは、ここが競争力の源だからです。

事前学習は、大量のGPUを数週間〜数か月動かす大事業です。個人や一般企業が自前でゼロから行うことはまれで、多くの場合は公開されたBaseモデルやInstructモデルを出発点にします。

継続事前学習:得意分野を「追加で」学ぶ

継続事前学習(continued pre-training / continual pre-training)は、学習済みのモデルに、さらに特定の種類のテキストを次トークン予測で読ませることです。やっていることは事前学習と同じで、データの中身が違います。

  • 分野への適応: 医療、法律、社内文書など、特定分野の文章を大量に読ませる。2020年の論文「Don't Stop Pretraining」は、分野のテキストで追加の事前学習をすると、その分野のタスクの成績が上がることを示しました。
  • 言語の強化: 英語中心のモデルに日本語のテキストを追加で読ませ、日本語を得意にする。
  • 長い文脈への対応: 長い文書で追加学習し、扱える文脈長を伸ばす。

学校を卒業した人が、医療系の専門学校に入り直すようなものです。教わるのは「受け答えの型」ではなく、その分野の語彙や知識そのもの。だから継続事前学習のあとには、たいていもう一度SFTで受け答えを整えます。

注意: 忘れてしまう問題

新しいデータばかり読ませると、もともとできていたことが下手になる破滅的忘却(catastrophic forgetting)が起きることがあります。対策として、元の分野に近い一般的なデータを混ぜて学習するのが定番です。

SFT:手本を見せて「答え方」を教える

SFT(Supervised Fine-Tuning、教師ありファインチューニング)は、「この指示にはこう答える」という手本のペアを大量に見せて学習させることです。指示チューニング(instruction tuning)とも呼ばれます。Base版がInstruct版に変わる、いちばん大きな一歩がここです。

役割中身の例
systemあなたは丁寧なアシスタントです。
user「りんご」を英語で言うと?
assistant「apple」です。

データは上のような会話の形で用意し、チャットテンプレート(chat template)という決まった書式で1本の文字列に変換してから学習します。モデルごとに区切り記号が違うため、Transformersの apply_chat_template のような仕組みでテンプレートを合わせるのが基本です。学習時と使用時でテンプレートがずれると、急に受け答えが崩れます。

学習のしくみ自体は事前学習と同じ次トークン予測ですが、assistantの発言部分だけを採点(損失の計算)の対象にする設定がよく使われます。ユーザーの質問文まで「当てる練習」をする必要はないからです。TRLの SFTTrainer では、プロンプトと回答を分けたデータなら既定で回答部分だけを、会話形式なら assistant_only_loss=True でassistant部分だけを採点できます。

もう一歩深く: SFTは「知識」より「型」

SFTが得意なのは、口調、出力形式(JSONで返す、箇条書きにするなど)、特定タスクのこなし方を教えることです。新しい知識を大量に覚えさせるのは苦手で、無理に教えると、もっともらしい作り話が増えることもあります。最新の社内情報を答えさせたいなら、まずは第19章のRAGを検討しましょう。

好みを教える:RLHFとDPO

SFTだけでは「正しいけれど不親切」「長すぎる」「危険な依頼にも答えてしまう」といった問題が残ります。そこで、人が2つの回答を見比べて「こちらが良い」と選んだ好みのデータ(preference data)を使って、さらに調整します。

RLHF Reinforcement Learning from Human Feedback

人間のフィードバックによる強化学習。まず好みのデータから、回答に点数を付ける報酬モデルを学習します。次に、その報酬が高くなるようにLLMを強化学習(PPOなど)で調整します。元のモデルから離れすぎないよう、ブレーキ(KL正則化)をかけるのが一般的です。

2022年のOpenAIの論文(InstructGPT)は、SFTとRLHFを組み合わせ、人による評価では13億パラメータのInstructGPTの出力が、1750億パラメータのGPT-3の出力よりも好まれたと報告しました。「大きさより、使い方の仕上げが効く」ことを示した象徴的な結果です。

DPO Direct Preference Optimization

2023年に提案された方法。報酬モデルを別に作らず、好みのペア(良い回答・悪い回答)から直接LLMを調整します。論文はRLHFの目的を式変形し、単純な分類問題のような損失で解けることを示しました。強化学習のように学習中に回答を生成し続ける必要がないので、軽くて安定しやすいのが利点です。

RLHF(PPOなど)DPO
使うデータ好みのペア好みのペア
報酬モデル別に学習する不要
学習中の生成必要不要
手軽さ重く、調整が難しい軽く、試しやすい

DPOの登場で、好みの学習は個人でも試せるものになりました。Hugging FaceのTRLには DPOTrainer があり、KTOなど派生手法のトレーナーも揃っています(ツールは第14章)。

正解を確かめられるなら強化学習:RLVR

数学の答えやプログラムのテストのように、正しいかどうかを機械的に判定できる課題では、人の好みの代わりに「正解したら報酬」という仕組みで強化学習ができます。2024年のTulu 3の報告では、これをRLVR(Reinforcement Learning with Verifiable Rewards、検証可能な報酬による強化学習)と名付けました。

2025年のDeepSeek-R1の論文は、人が書いた思考の手本に頼らず、強化学習によって推論能力を引き出せることを示しました。いわゆる推論モデルの中心にある技術で、GRPOなどのアルゴリズムも含めて第27章で詳しく扱います。ここでは「SFT → 好みの学習 → 検証可能な課題での強化学習」と、事後学習の道具箱が広がってきた、と押さえておけば十分です。

蒸留:大きな先生から小さな生徒へ

ひとことで言うと

知識蒸留(knowledge distillation)は、大きく賢いモデル(教師)の出力を手本にして、小さなモデル(生徒)を学習させる方法です。

考え方は2015年のHintonらの論文で広まりました。正解ラベルだけでなく、教師が出す「各候補の確率」まで真似させると、生徒は「どの答えとどの答えが似ているか」という細かい情報まで学べます。LLMでは、教師モデルに大量の回答を書かせ、それを生徒のSFTデータに使う簡単な形もよく「蒸留」と呼ばれます。

名人の料理を、レシピ(正解)だけでなく「ここは少し迷ったけど塩を選んだ」という判断の揺れまで含めて弟子に伝えるイメージです。

DeepSeek-R1の論文でも、大きな推論モデルの出した推論の筋道を使って、小さなモデルの推論能力を高められると述べています。小さく速いモデルの多くが、こうした大きなモデルからの蒸留で鍛えられています。

注意: 利用規約を確認

他社のモデルやAPIの出力を学習データに使う場合、利用規約やライセンスで制限されていることがあります。蒸留を行う前に、教師モデルの規約を必ず確認しましょう。

モデル名から学習段階を読み取る

公開モデルの名前や説明(モデルカード)を見ると、どの段階まで済んでいるかがおおよそわかります。

名前の例意味向いている使い方
Base / 無印事前学習のみ自分でSFTする出発点
Instruct / Chat / -itSFTや好みの学習まで済みそのまま会話に使う
Thinking / Reasoning推論向けの強化学習まで済み難しい問題を考えさせる
Distill大きなモデルから蒸留小さく速く使う

命名には統一ルールがないので、最後はモデルカードの説明を確認しましょう。自分でSFTするならBase版から、手軽にLoRAで口調だけ整えたいならInstruct版から始める、という選び方が一般的です。

自分で学習させるべき? 判断の目安

「うちの業務に合わせたい」と思ったとき、いきなり学習に進む必要はありません。手間が小さい順に試すのが鉄則です。

flowchart TD
  A["やりたいこと"] --> B["プロンプトの工夫で
足りる?"] B -->|"足りない"| C["最新の知識・
社内情報が必要?"] C -->|"はい"| D["RAGを検討
第19章"] C -->|"いいえ"| E["口調・形式・
作業の型を教えたい"] E --> F["LoRAでSFT
第13章"] F --> G["分野の文章を
大量に読ませたい"] G --> H["継続事前学習"]
図: 学習に手を出す前の判断の目安

SFTや好みの学習を自分で行うときも、モデル全体を更新するフルファインチューニングは大量のGPUメモリが必要です。そこで、一部だけを学習するLoRAなどの方法がよく使われます。これが次の第13章のテーマです。

よくある誤解

SFTすれば、社内の最新情報を覚えさせられる

SFTが得意なのは答え方の型。大量の知識の追加や頻繁な更新にはRAGのほうが向いています

Baseモデルは性能が低い「未完成品」だ

知識は同じくらい持っています。答え方を教わっていないだけで、微調整の出発点としてはむしろ扱いやすいことも多いです

DPOは強化学習の一種なので、RLHFと同じくらい重い

DPOは報酬モデルも学習中の生成も要らず、SFTに近い手軽さで好みを学習できます

確認クイズ

Q1. 事前学習で、モデルは何を練習している?

「ここまでの文章の次に来るトークン」を当てる練習(次トークン予測)です。正解は文章自体に含まれるので、人がラベルを付けなくても大量に学習できます。

Q2. 医療分野の論文を大量に読ませて、分野の語彙や知識を強化したい。いちばん近いのは?

  • DPO
  • 継続事前学習
  • 知識蒸留

分野のテキストを次トークン予測で追加学習するのが継続事前学習です。DPOは好みの学習、蒸留は大きなモデルから小さなモデルへ能力を移す方法です。

Q3. RLHFにあって、DPOには要らないものは?

  • 好みのペアデータ
  • 別に学習する報酬モデル
  • 学習するLLM本体

DPOは好みのペアから直接LLMを調整するので、報酬モデルを別に作りません。

Q4. 数学の問題で「正解なら報酬」を与える強化学習を何と呼ぶ?

RLVR(検証可能な報酬による強化学習)です。推論モデルの学習の中心で、詳しくは第27章で扱います。

この章のまとめ

  • 事前学習は膨大なテキストでの次トークン予測。結果としてできるのがBaseモデル
  • 継続事前学習は、分野・言語・長文脈などを追加で読ませる。忘却に注意
  • SFTは手本の会話で「答え方の型」を教える段階。チャットテンプレートを揃えることが大事
  • 好みの学習にはRLHF(報酬モデル+強化学習)とDPO(直接最適化)があり、検証できる課題ではRLVRも使われる
  • 蒸留は大きな教師モデルの出力で小さな生徒モデルを鍛える方法

さらに深く学ぶ

この章の内容をもう一歩掘り下げるための原典です。

第12章の論文・資料をすべて見る →

出典・参考

  1. Meta AI「Introducing Meta Llama 3」(2024年4月) — 15Tトークン超での事前学習
  2. Hoffmann ほか「Training Compute-Optimal Large Language Models」(Chinchilla、arXiv:2203.15556)
  3. Gururangan ほか「Don't Stop Pretraining: Adapt Language Models to Domains and Tasks」(arXiv:2004.10964)
  4. Ouyang ほか「Training language models to follow instructions with human feedback」(InstructGPT、arXiv:2203.02155) — 1.3B InstructGPTが175B GPT-3より好まれた結果
  5. Rafailov ほか「Direct Preference Optimization」(arXiv:2305.18290)
  6. Lambert ほか「Tulu 3: Pushing Frontiers in Open Language Model Post-Training」(arXiv:2411.15124) — RLVRの命名
  7. DeepSeek-AI「DeepSeek-R1: Incentivizing Reasoning Capability in LLMs via Reinforcement Learning」(arXiv:2501.12948)
  8. Hinton ほか「Distilling the Knowledge in a Neural Network」(arXiv:1503.02531)
  9. Hugging Face Transformers ドキュメント「Chat templates」
  10. TRL ドキュメント「SFT Trainer」 — completion_only_loss・assistant_only_loss(2026年10月時点、v1.16.0)
  11. huggingface/trl(GitHub) — SFTTrainer・DPOTrainer・GRPOTrainer・KTOTrainer(2026年10月時点で確認)