
第9部 ハードウェアと実行環境第17章
CPU / GPU / NPU / TPU の違い
LLMを動かすハードの違いは、計算の速さだけでは決まりません。文章を1トークンずつ生み出す速さを左右するのは、メモリ帯域。CPU・GPU・NPU・TPUの性格と、2026年10月時点の主な製品をこの視点で整理します。
このページの内容(10項目)
計算性能が半分のマシンのほうが、LLMの返事が速い。そんなことがある?
あります。ノート向けのMacが、カタログ上の計算性能(TFLOPS)ではずっと上のマシンより、チャットの文字を速く出すことは珍しくありません。逆に、計算が速いはずのNPUでLLMを動かしても、思ったほど速くならないこともあります。
鍵を握るのは、計算の速さではなくメモリから重みを読み出す速さです。この章では、CPU・GPU・NPU・TPUの違いを押さえたうえで、「LLMにとって効く性能はどれか」という目でハードウェアを見ていきます。
CPUとGPU:少数の職人と、大勢の作業員
CPUは、どんな仕事でも器用にこなす少数の熟練職人です。複雑な手順や分岐の多い仕事が得意です。GPUは、同じ単純作業を一斉にこなす大勢の作業員。一人ひとりは単純でも、数千人で同時に掛け算をすれば圧倒的に速くなります。
LLMの中身は、ほとんどが巨大な行列の掛け算です(第2章)。同じ種類の計算を大量に並べて行うので、GPUの「大勢で一斉に」というスタイルがぴったり合います。最近のGPUには、行列計算専用の回路(NVIDIAならTensorコア)も載っています。
| 種類 | 得意なこと | LLMでの主な役割 |
|---|---|---|
| CPU | 複雑な処理、なんでも屋 | 小さなモデル、GPUがないときの実行、全体の制御 |
| GPU | 大量の並列計算 | 学習と推論の主役 |
| NPU | 低消費電力のAI計算 | PCやスマホでの小さなモデル、常時動く機能 |
| TPU | 行列計算に特化 | Googleのクラウドでの大規模な学習・推論 |
LLMの2つの仕事:読む速さと書く速さ
LLMが返事をするとき、中では性格の違う2つの仕事が起きています(詳しくは第15章)。
- プリフィル(prefill): 入力されたプロンプトを一気に読み込む段階。多くのトークンをまとめて計算できるので、計算性能が効きます。
- デコード(decode): 返事を1トークンずつ生成する段階。1トークン出すたびに、モデルの重みをほぼ全部メモリから読み出す必要があり、メモリ帯域が効きます。
ひとことで言うと
1人で使うチャットの文字の出る速さは、おおよそ「メモリ帯域 ÷ 1トークンあたりに読む重みの量」で上限が決まります。計算性能(TFLOPS・TOPS)が効くのは、主に長いプロンプトの読み込みと、大勢を同時にさばくときです。
たとえば、8BモデルをQ4_K_M(約4.9GB)にして動かす場合を考えます。1トークンごとに約4.9GBを読み出すので、帯域が273GB/sなら、上限は 273 ÷ 4.9 ≒ 毎秒56トークンです。実際にはほかの処理もあるので、これより遅くなります。
| マシン(メモリ帯域) | 8B Q4の上限目安 | 70B Q4の上限目安 |
|---|---|---|
| Ryzen AI Max+ 395(約256GB/s) | 約52トークン/秒 | 約6トークン/秒 |
| DGX Spark(273GB/s) | 約56トークン/秒 | 約6トークン/秒 |
| M5 Max(614GB/s) | 約125トークン/秒 | 約14トークン/秒 |
| M5 Ultra(1.2TB/s) | 約245トークン/秒 | 約28トークン/秒 |
| RTX 5090(1,792GB/s) | 約365トークン/秒 | 32GBに入らない |
表は「帯域 ÷ 重みのサイズ(8Bは約4.9GB、70Bは約43GB)」で出した理論上の上限で、実測値ではありません。それでも、同じモデルならどのマシンが速そうか、大まかな順番はこれで見当がつきます。第26章のMoEモデルは、1トークンごとに使う重みが一部だけなので、この上限が大きく上がります。
もう一歩深く: CPUだけで動かすと?
GPUがなくても、llama.cppなどを使えばCPUだけでLLMは動きます。ただし一般的なデスクトップPCのメモリ(DDR5の2チャネル)は、たとえばDDR5-5600なら 128bit × 5600MT/s ÷ 8 ≒ 90GB/s 程度。8BのQ4モデルで上限は毎秒20トークン弱の計算で、GPUやユニファイドメモリ機に比べると見劣りします。小さなモデルを試すには十分な速さです。
まず「入るか」:メモリ容量
速さの前に、モデルがメモリに入るかどうかが最初の関門です。重みのサイズは「パラメータ数 × ビット数 ÷ 8」で見積もれます。下のウィジェットで、モデルの大きさと量子化の組み合わせを変えてみてください。
重みのほかに、会話の文脈を覚えておくKVキャッシュ(第15章)や作業用のメモリも必要です。容量は「重みのサイズ+2〜3割以上の余裕」を目安に考えましょう。量子化の詳細は第10章で扱っています。
ユニファイドメモリ unified memory
CPUとGPUが同じメモリを共有するしくみ。Apple Mシリーズ、NVIDIA DGX Spark、AMD Ryzen AI Maxなどが採用しています。普通のPCではGPU専用メモリ(VRAM)に入る分しかGPUで動かせませんが、ユニファイドメモリなら大容量のメインメモリをそのままGPUで使えます。帯域は専用GPUのVRAMより低めなのが一般的です。
TFLOPS・PFLOPS 計算性能の単位
1秒あたりの浮動小数点演算の回数で、TFLOPSは1兆回、PFLOPSは1000兆回。カタログの数字は「どの精度で」「どんな条件で」測ったかで大きく変わります。たとえばDGX Sparkの「最大1 PFLOP(FP4)」は、NVIDIAの注記によれば疎性(sparsity)機能を使った理論値です。FP16とFP4では同じチップでも数字が何倍も違うので、比べるときは精度と条件をそろえましょう。
データセンターのGPU:NVIDIAとAMD
大規模な学習や、大勢のユーザーへの配信を担うのがデータセンター向けのGPUです。どれもHBM(High Bandwidth Memory)という、チップのすぐ横に積み重ねた超高帯域のメモリを使っています。
NVIDIAは、Blackwell世代(B200など)の強化版Blackwell Ultraを載せた「GB300 NVL72」で、72基のGPUをNVLinkでつないだラック全体を1つの巨大な計算機として売っています。公式の仕様では、ラック全体でGPUメモリ20TB、帯域は最大576TB/s(1基あたり約8TB/sの計算)です。次の世代のRubinは、NVIDIAの製品ページで「Available Now」とされ、Rubin GPU 1基あたりHBM4を288GB、帯域19.2TB/sと案内されています2026年10月時点。
AMDのInstinct MI355Xは、HBM3Eを288GB、帯域8TB/s持つGPUです。次のMI400シリーズでは、MI455XがHBM4を432GB、帯域23.3TB/s持つとされます。AMDは2026年7月のイベントでMI455Xと72基入りラック「Helios」を発表し、Heliosの本格的な出荷は2026年後半からとしています2026年10月時点。
もう一歩深く: なぜ「ラック単位」なのか
最大級のモデルは、GPU 1基のメモリには到底入りません。そこで多数のGPUを超高速の配線(NVIDIAのNVLink、AMDのInfinity Fabricなど)でつなぎ、モデルを分割して載せます。GPUどうしの通信が遅いと全体が待たされるので、いまの競争はチップ単体だけでなく「つなぎ方」も含めた勝負になっています。
TPU:Googleの行列計算専用チップ
TPU(Tensor Processing Unit)は、Googleが自社のAIのために設計したチップです。GPUのような汎用性は持たず、行列の掛け算を流れ作業のように次々と処理するシストリックアレイという回路に特化しています。買うことはできず、Google Cloud経由で借りて使います。
| 世代 | 1チップのHBM | HBM帯域 | メモ |
|---|---|---|---|
| Trillium(v6e) | 32GB | 1,638GB/s | 第6世代 |
| Ironwood(TPU7x) | 192GiB | 約7.37TB/s | 第7世代。最大9,216チップのPod |
| TPU 8t / TPU 8i | 8iは288GB | — | 第8世代。学習用と推論用に分化 |
Googleは2026年4月のCloud Nextで、第8世代を学習向けのTPU 8tと推論向けのTPU 8iの2種類に分けると発表しました。発表時点では「年内に一般提供」とされていましたが、2026年10月時点のCloud TPUのドキュメントでは、Ironwoodが「Google Cloudで利用できる最新のTPU」と書かれています。
学習にはさらにメモリが要る
推論なら重みとKVキャッシュで済みますが、学習では勾配やオプティマイザの状態も必要で、フルファインチューニングは1パラメータあたり約16バイトかかります(第13章)。大きなモデルの学習が多数のGPUをつないだラック単位になるのは、このためです。
NPU:省電力のAI専用回路
NPU(Neural Processing Unit)は、PCやスマートフォンのチップに組み込まれた、AI計算向けの省電力回路です。AppleのNeural Engine、QualcommのHexagon、IntelやAMDのNPUなどがあります。性能はTOPS(1秒あたり何兆回の演算ができるか)で表されることが多く、MicrosoftはCopilot+ PCの条件として40 TOPS超のNPUを挙げています。
NPUが得意なのは、背景ぼかし、音声認識、画像生成の一部、小さな言語モデルのように「ずっと動かしておきたい、電池を食わせたくない」処理です。大きなLLMの生成速度は前述のとおりメモリ帯域で決まるので、NPUを使っても劇的には速くなりません。CPUやGPUと同じメモリを共有しているからです。
注意: TOPSの数字は比べにくい
TOPSは多くの場合INT8など低い精度での理論値で、メーカーによって条件が違います。また、NPUを使うにはソフトウェア側の対応が必要です。WindowsではWindows MLがNPUを使う推奨ルートになっています(第18章)。
手元でLLMを動かすマシン
個人や小さなチームで使うマシンも選択肢が増えました。2026年10月時点の代表例を、公式の数字で比べます。
| マシン | 最大メモリ | メモリ帯域 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| Apple M5 Max | 128GB | 614GB/s | ノートPC。ユニファイドメモリ |
| Apple M5 Ultra | 512GB | 1.2TB/s | Mac Studio。巨大モデル向け |
| NVIDIA DGX Spark | 128GB | 273GB/s | GB10チップ。CUDAがそのまま使える |
| AMD Ryzen AI Max+ 395 | 128GB | 約256GB/s | Windows・Linux機で使える |
| NVIDIA RTX 5090 | 32GB | 1,792GB/s | デスクトップ用GPU。速いが容量は小さい |
Appleは2026年8月にM5 UltraとM6を発表し、M5 Ultraについて「数千億パラメータの巨大なLLMを完全にデバイス上で動かせる」と説明しています。AMDは2026年5月に、最大192GB・帯域約273GB/sに増やしたRyzen AI Max PRO 400シリーズを発表しました。Ryzen AI Max+ 395の帯域は、256bit幅のLPDDR5X-8000から計算した値です。
ためしてみよう
上の表のマシンで、70BのQ4モデル(約43GB)が入るのはどれでしょう。RTX 5090は1枚では入りませんが、生成は最速クラス。128GB級のユニファイドメモリ機は入るものの、生成は毎秒数トークン〜十数トークンが上限です。「入るか」と「速いか」は別の軸だと実感できます。
「速いか」のほうは、下の計算機で確かめられます。表の帯域を入れて、モデルの大きさやビット幅を変えてみてください。MoEなら、アクティブパラメータの欄も埋めると上限がぐっと上がります。
どれを選ぶ?
flowchart TD A["何をしたい?"] --> B["手元で試す"] A --> C["大勢に配信・学習"] B --> D["小さめのモデル
手持ちのPC・GPU"] B --> E["大きなモデル
大容量ユニファイドメモリ"] B --> F["速さ重視
VRAMの多いGPU"] C --> G["クラウドのGPU・TPU"]
迷ったら、「動かしたいモデルのサイズ」と「欲しい速さ」から逆算するのが確実です。容量でモデルが入るかを確かめ、帯域で生成速度の上限を見積もり、最後にソフトウェアの対応(第18章)を確認しましょう。
よくある誤解
TFLOPSやTOPSが大きいほど、チャットの返事が速い
1人で使うときの生成速度は、主にメモリ帯域で決まります。計算性能が効くのはプロンプトの読み込みや同時処理です
NPU搭載PCなら、大きなLLMも高速に動く
NPUは省電力が得意な回路で、メモリ帯域はCPU・GPUと共有です。大きなLLMの生成速度は大きく変わりません
GPUのメモリにモデルが入れば、それで十分
KVキャッシュや作業用メモリも必要です。文脈が長いほど、重み以外のメモリが増えます
確認クイズ
Q3. ユニファイドメモリの利点と弱点は?
利点は、大容量のメインメモリをそのままGPUで使えるので、大きなモデルが載ること。弱点は、専用GPUのVRAMより帯域が低めなことが多く、生成速度の上限が下がりやすいことです。
Q4. TPUを手元のPCに挿して使うことはできる?
できません。データセンター向けのTPUはGoogle Cloud経由で借りて使います。
この章のまとめ
- CPUは少数の職人、GPUは大勢の作業員。行列計算の多いLLMはGPU向き
- プリフィルは計算性能、デコードはメモリ帯域が効く。生成速度の上限は「帯域 ÷ 重みのサイズ」で見積もれる
- まずメモリ容量でモデルが入るかを確認し、KVキャッシュの余裕も見込む
- データセンターではNVIDIA Blackwell Ultra・Rubin、AMD MI355X・MI455X、Google TPUがHBMで競う
- NPUは省電力が得意。手元のマシンは容量重視のユニファイドメモリ機と、帯域重視の専用GPUで性格が分かれる
さらに深く学ぶ
この章の内容をもう一歩掘り下げるための原典です。
- Efficiently Scaling Transformer Inference推論のコストをメモリ帯域と計算量から見積もり、レイテンシとスループットのトレードオフを整理した論文。プリフィルとデコードの違いが数式で分かります。
- In-Datacenter Performance Analysis of a Tensor Processing UnitGoogleが初代TPUの設計と実測を公開した論文。行列計算専用チップがなぜ効率的なのかが分かります。
- AI and Memory Wall計算性能の伸びにメモリ帯域が追いつかない「メモリの壁」を、データで示した短めの論文。LLM推論がなぜ帯域で決まるのかの背景です。
出典・参考
- NVIDIA「GB300 NVL72」 — ラック全体のGPUメモリ20TB・最大576TB/s(2026年10月確認)
- NVIDIA「Vera Rubin NVL72」 — Rubin GPU 1基あたりHBM4 288GB・19.2TB/s、「Available Now」(2026年10月時点)
- AMD「Instinct MI355X」 — 288GB HBM3E・8TB/s
- AMD「Instinct MI400 Series」 — MI455X 432GB HBM4・23.3TB/s、Heliosの量産展開は2026年後半
- Phoronix「AMD Launches Instinct MI455X, Helios AI Rack」(2026年7月23日)
- Google Cloud「TPU v6e」、「TPU7x(Ironwood)」 — チップあたりHBM容量・帯域、Pod規模
- Google「Our eighth generation TPUs: two chips for the agentic era」(2026年4月) — TPU 8t・8i、8iのHBM 288GB
- Apple Newsroom「M5 Pro and M5 Max」(2026年3月)、「M6 and M5 Ultra」(2026年8月)
- NVIDIA「DGX Spark」 — GB10、128GB LPDDR5x、273GB/s、FP4で最大1 PFLOP(疎性利用の理論値)
- ServeTheHome「AMD Ups Ante With 192GB Ryzen AI Max PRO 400 Chips」(2026年5月20日) — 300シリーズ(128GB・LPDDR5X-8000)と400シリーズ(192GB・約273GB/s)
- NVIDIA「GeForce RTX 5090」 — 32GB GDDR7・512bit、Notebookcheckの仕様表 — 帯域1,792GB/s
- Microsoft Learn「Copilot+ PCs developer guide」 — 40 TOPS超のNPU