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Month 2 05:50 霧川の堰(せき)
雨は夜通し、屋根を叩き続けた。
夜明けを待ちかねて、ゲンとナギは河原へ走った。いつもは膝までの霧川が、茶色く膨れ上がって唸っている。流木が、ありえない速さで流れていく。
三週間かけて作った小さな水車は、そこになかった。
洗濯機のモーターを発電機に改造し、廃材の羽根車を取り付け、塩ビ管で水を導いた。完成した日、テスターの針が振れたとき、体育館じゅうが拍手した。夜も止まらない電気。太陽光の弱点を補う、霧ヶ丘の希望だった。
残っていたのは、岩に食い込んだ塩ビ管の切れ端と、引きちぎられた電線だけだった。
悪い知らせは、もう一つあった。体育館に戻ると、ハルが蓄電池の前でテスターを手に立っていた。
「この一週間、ずっと曇りだったでしょう。電圧が下がっても、みんな照明を消したがらなかった。……三つ、もう充電しても元に戻らない」
ゲンは何も言わずに、濡れた作業着のまま床に座り込んだ。
「俺のせいだ。流量を測ったのは、晴れが続いた日だった。増水なんて考えもしなかった」
「アカリが『水車は有望』って言ったんでしょう」とハルが言った。「AIのくせに、雨も予測できないの」
体育館の空気が、ぴんと張りつめた。ナギは画面を見た。アカリは少し間をおいて、表示した。
誰のせいかを決める前に、提案があります。
何が起きたのかを、責めずに、順番に書き出しませんか。私の判断も含めて。
同じ失敗を二度しないために必要なのは、犯人ではなく、仕組みの穴です。
失敗は設計の一部である
米国の工学者ヘンリー・ペトロスキーの最初の著書『To Engineer Is Human』(1985年)の副題は「成功する設計における失敗の役割」です。橋や建物の崩壊の事例をたどりながら、工学は失敗から学ぶことで進歩してきたと論じた本です。
文明の再建も同じです。最初から完璧な水車は作れません。問題は失敗するかどうかではなく、失敗から何を取り出すかです。そのための道具を3つ紹介します。責めない振り返り、故障モードの事前分析、そして小さく速い実験です。
道具1:責めない振り返り(ブレームレス・ポストモーテム)
大規模なシステムを運用するGoogleのSRE(サイト信頼性エンジニアリング)の本には、「ポストモーテム文化:失敗から学ぶ」という章があります。そこではポストモーテムを、インシデントとその影響、緩和や解決のためにとった行動、根本原因、再発防止のための対策を書き残した記録と定義しています。
この章が特に強調するのがブレームレス(責めない)という原則です。
- 個人やチームの「悪い行動」を責めるのではなく、インシデントに寄与した原因を突き止めることに集中する。
- 関わった人は、その時点で持っていた情報のもとで、善意で行動したと仮定する。
- 責めれば、人は問題を報告しなくなる。報告されない問題は、隠れたリスクとして残る。
- 個人を変えようとするより、判断を形づくった仕組みや手順を直すほうが効果的。
ゲンの「俺のせいだ」も、ハルの「AIのくせに」も、どちらも犯人探しです。どちらの言い方でも、次の水車が流されない理由にはなりません。
霧ヶ丘の振り返りは、体育館の黒板に次のように書かれました。
4つ目の原因に注目してください。アカリは自分の判断も振り返りの対象にしました。AIの提案も、人の判断と同じように、仕組みの一部として検証されるべきものです。
道具2:故障モードを先に洗い出す(FMEA)
振り返りは「起きた後」の道具です。「起きる前」の道具として、工学の世界にはFMEA(故障モード影響解析)があります。部品やサブシステムを一つずつ取り上げ、「どう壊れうるか(故障モード)」「なぜ壊れるか(原因)」「壊れたら何が起きるか(影響)」を表にまとめる方法です。米軍の文書で1949年に手順が示されたのが始まりとされています。
よく使われる方法では、各故障モードに3つの点数をつけて掛け合わせ、リスク優先数(RPN)を出します。
- 深刻度(S):起きたらどれだけ深刻か
- 発生度(O):どれだけ起きやすいか
- 検出度(D):起きる前に気づけるか(気づきにくいほど高い点)
水車を作る前にこれをやっていたら、どうなっていたでしょうか。(点数は1〜5の作中の想定です。)
点数の高い2つは、まさに霧ヶ丘で起きたことです。表を作るのに必要なのは、特別な道具ではなく、「どう壊れるか」を落ち着いて考える1時間です。
RPNの限界順序を表す点数を掛け算すると、深刻度の低い故障が深刻な故障より上位に来る「逆転」が起こることがあります。自動車業界のFMEAハンドブック(AIAG/VDA、2019年)は、RPNに代えて「対策の優先度(AP)」を使う方式を採っています。点数はあくまで議論の道具で、深刻度が最大のものは点数にかかわらず手を打つべきです。
道具3:小さく速い実験と安全余裕
小水力の現実
水の力で発電する小水力は、出力が5kW〜100kW程度のものを「マイクロ水力」、それより小さい5kW未満を「ピコ水力」と呼ぶことがあります。霧ヶ丘の水車は、ピコ水力のさらに小さな部類です。
水力の出力は、おおよそ流量 × 落差に比例します(水の密度・重力加速度・効率を掛けたもの)。そして川の流量は季節と天気で大きく変わります。取水口には、ごみや魚を防ぐスクリーン、土砂をためる沈砂池が必要です。晴れた日に一度だけ測った流量で設計すれば、増水という設計条件の外側に、何の備えもないことになります。
失敗を安くする
今回の失敗が痛かったのは、三週間分の労力と、工房に一つしかない洗濯機モーターを一度に失ったからです。失敗は避けられなくても、失敗の値段は下げられます。
- 小さく試す:本番の前に、バケツと小さな羽根車で、雨の日も含めて流量と発電量を記録する。
- 速く試す:三週間かけて一つ作るより、三日で作れる試作を何度も回す。
- 回収できるようにする:高価な部品(モーター)は、増水前に引き上げられる位置と構造にする。
- 安全余裕をとる:想定した最大の流れより強い流れに耐えるようにする。どれだけ余裕をとるかは、壊れたときの深刻さで決める。
蓄電池の「自動ブレーキ」
蓄電池の過放電は、人の我慢に頼ったことが原因でした。暗い夜に「あと1時間だけ」と思うのは自然なことです。だから、電圧が一定以下になったら負荷を自動で切る低電圧遮断のような仕組みで、人の意思とは別に電池を守ります。第6章で見たとおり、スターター用の鉛蓄電池は深く放電するほど寿命が縮みます。
flowchart TD
A[小さく作る] --> B[測る
雨の日も]
B --> C[壊れ方を
書き出す]
C --> D[直す・
余裕を足す]
D --> A
B --> E[失敗したら
責めずに振り返る]
E --> C
図7-1 小さく速い改善のループ。失敗は振り返りを経て、次の設計への入力になる。
Month 2 21:00 体育館
黒板の前で、ゲンは長いこと腕を組んでいた。
「……流量は毎日測る。雨の日もだ。取水口は、二人で引き上げられる重さにする」
ハルは、少しばつが悪そうに画面のほうを見た。
「さっきは、ごめんなさい。AIのくせに、なんて」
いいえ。原因の4番目は、本当に私の穴でした。私は晴れた日のデータしか持っていないのに、それを言わずに「有望」と言いました。
これからは、評価には必ず、何に基づいているかを添えます。
ナギは台帳の新しいページに、「水車2号 試作1」と書いた。その下に、小さく付け足す。「失敗したら、責めずに黒板へ」。
窓の外では、雨がまだ降り続いていた。霧川の唸りを聞きながら、ゲンは古い洗濯機をもう一台探す算段を始めていた。
この章で学んだこと
- 失敗は避けられない。工学は失敗から学ぶことで進歩してきた(ペトロスキー)。
- 責めない振り返り(ブレームレス・ポストモーテム)は、犯人ではなく寄与した原因と仕組みの穴を探す。AIの判断も検証の対象に含める。
- FMEAは、深刻度・発生度・検出度で故障モードを事前に洗い出す。点数には限界があり、深刻なものは点数によらず対策する。
- 小水力の出力は流量と落差で決まり、流量は季節と天気で変わる。設計条件の外側を考える。
- 小さく速く試し、高価な部品は回収できるようにし、人の我慢ではなく仕組みで機材を守る。