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Week 3 10:40 体育館の屋上
六枚の小さなパネルが、屋上のコンクリートに並んでいた。閉店したホームセンターの駐輪場で、夜間照明を動かしていたものだ。ゲンとナギが三日がかりで外してきた。一枚は角が割れていて、台帳には「×」がついた。
その横に、黒い箱が八つ。乗り捨てられた車から外したバッテリーだ。
「プラスとマイナスをつなぐ前に、まずこれだ」
ゲンが工具箱から取り出したのは、小指の先ほどのヒューズだった。
「バッテリーってのは、ショートさせたら工具が溶けるぐらいの電流を平気で出す。ヒューズなしでつなぐ奴は、電気屋じゃねえ。放火魔だ」
ナギは画面を見た。アカリが静かに表示を切り替える。
ゲンさんの言うとおりです。蓄電池のすぐ近くにヒューズを入れてください。
それから、配線の前に決めておきたいことがあります。この電気を、何に、どれだけ使うかです。
その日の午後、体育館で「電気会議」が開かれた。
ハルは冷蔵庫を求めた。熱に弱い薬を守りたい、と。年配の人たちは夜の明かりを求めた。子どもたちは、学校の勉強の続きをしたいと言った。誰かが、アカリを一日中つけておけばいい、と言った。
全部は無理です。理由を数字でお見せします。
まず、言葉をそろえさせてください。「ワット」と「ワット時」は違います。
ワット(W)とワット時(Wh)
電気の計画で最初につまずくのが、この2つの単位です。
- ワット(W)は電力、つまり「いま、どれだけの勢いで電気を使っているか」。蛇口から出る水の勢いにあたります。
- ワット時(Wh)は電力量、つまり「合計でどれだけ使ったか」。バケツにたまった水の量にあたります。
10WのLED照明を5時間つければ、10W × 5時間 = 50Wh。発電も蓄電も、1日の計画はWhで考えます。パネルに書かれた「200W」は「最高の条件で出せる勢い」であって、1日にとれる量ではありません。
1日にどれだけ発電できるか
太陽光パネルの1日の発電量は、おおまかに次の式で見積もれます。
発電量の目安1日の発電量(Wh)= パネル容量(W)× ピーク日照時間(時間)×(1 − システム損失)
ピーク日照時間
太陽の光の強さは、朝夕は弱く、昼は強く、曇れば弱まります。これを「1平方メートルあたり1kWの強い日射が、何時間分あったことになるか」に換算したのがピーク日照時間です。1日の日射量(kWh/m²/日)と同じ数字になります。
この値は場所と季節で大きく変わります。日本では、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が全国837地点の月別日射量をまとめたデータベース「MONSOLA-11」を公開しています(2026年10月時点ではダウンロード形式で提供)。海外を含む場所の見積もりには、米国の国立研究所が提供する計算サイト「PVWatts」が使えます。
システム損失
パネルが受けた光が、そのまま電気として使えるわけではありません。汚れ、影、配線の抵抗、機器のばらつきなどで目減りします。PVWattsは標準の損失を14%としており、その内訳は汚れ2%、影3%、パネル間のばらつき2%、配線2%、接続部0.5%、初期劣化1.5%、定格の誤差1%、停止時間3%を掛け合わせたものです。廃材のパネルを寄せ集めた霧ヶ丘では、これより大きく見積もるのが安全です。
蓄電池:「全部は使えない」
夜や曇りの日は、昼にためた電気でしのぎます。ここで大事なのは、蓄電池の容量を全部使ってはいけないことです。
車のバッテリーは「深い放電」に弱い
車のバッテリー(鉛蓄電池)はスターター用で、エンジンをかける一瞬に大電流を出すために作られています。電池の解説で知られるBattery Universityは「スターター用バッテリーは深い充放電に向かない」とし、薄い極板が深い充放電の繰り返しで傷んでいくと説明しています。同サイトが示す目安は次のとおりです。
毎日使い切るような使い方をすれば、スターター用のバッテリーは数週間でだめになりかねません。浅く使うほど長持ちします。霧ヶ丘のように車のバッテリーを流用するなら、「使ってよい深さ」をかなり浅く設定する必要があります。
リン酸鉄リチウム(LiFePO4)は?
太陽光と組み合わせる蓄電池として、近年はリン酸鉄リチウム電池がよく使われます。寿命についてはさまざまな数字が宣伝されていますが、この本では一つの数字を示しません。米国サンディア国立研究所の研究(2020年)は、市販のリチウムイオン電池(リン酸鉄系を含む)の劣化が、温度や放電の深さ、電流といった使い方の条件によって大きく変わることを示しています。カタログの数字は、その条件とセットで読むべきものです。
AIを動かす電力
さて、アカリです。ローカルでAIを動かす機器は、どれくらいの電力を使うのでしょうか。メーカーの公式資料から確認できる数字を並べます(2026年10月時点)。
計画では、上限の値で見積もるのが安全側です。Raspberry Pi 5なら推奨電源の27W、Jetsonなら25Wモード、Mac miniなら最大65W。実際の消費はたいていこれより小さいので、余った分は蓄電池の余裕になります。
下の計算機で、霧ヶ丘の条件を試してみましょう。たとえば使えるパネル5枚(作中では駐輪場の照明用の小型パネルで、1枚約60W、合計300W)、ピーク日照時間3時間、蓄電池は車のバッテリーを浅く使う、という条件です。
冷蔵庫をオンにしてみてください。収支が一気に厳しくなるはずです。冷蔵庫は一日中動き続けるので、Whが大きくなります。電気会議でハルの冷蔵庫とアカリの稼働時間が衝突したのは、この計算のせいでした。
直流の配線と安全
霧ヶ丘のシステムは、パネル → チャージコントローラ → 蓄電池 → ヒューズ → 負荷、という小さな直流マイクログリッドです。
flowchart TD
PV[太陽光パネル] --> CC[チャージ
コントローラ]
CC --> BAT[蓄電池]
BAT --> F[ヒューズ]
F --> AI[アカリ]
F --> L[照明]
F --> R[無線]
F --> SN[センサー]
図6-1 霧ヶ丘の直流マイクログリッド(簡略化)。ヒューズは蓄電池のできるだけ近くに入れる。
- ヒューズは、電流が流れすぎたときに回路を断ち切る安全装置です。蓄電池はショートすると非常に大きな電流を流すため、蓄電池の近くで守ります。
- チャージコントローラは、パネルから蓄電池への充電を制御し、過充電を防ぎます。
- 電圧の異なる電池や、状態の違う電池をむやみに並べてつながない。回収品は一つずつ測ってから使います(第5章の「工具と計測」が前提になる理由です)。
注意この章は考え方の解説で、施工の手引きではありません。現実の電気工事には資格が必要な場合があり、蓄電池の取り扱いには発火・やけど・ガス発生の危険があります。必ず製品の説明書と有資格者の指示に従ってください。
センサー:機械に「見張り」をさせる
電気が少しでも使えるようになると、次にできるのが計測の自動化です。たとえば、Espressif社のESP32は、Wi-FiとBluetoothを内蔵した小さなマイコンで、複数の省電力モードを持っています。こうしたマイコンにセンサーをつなげば、蓄電池の電圧や貯水タンクの水位を、人が見に行かなくても記録できます。
アカリにとって、これは大きな意味を持ちます。それまでアカリが知っている「現実」は、人が打ち込んだ言葉だけでした。センサーの記録が入るようになると、「蓄電池の電圧が下がり続けています。今夜は照明を1時間短くしてください」と、測った事実に基づいて提案できるようになります。
Week 4 18:30 体育館
電気会議の結論は、紙一枚にまとめられて壁に貼られた。
「照明:日没から5時間。アカリ:朝と夕方に3時間ずつ。冷蔵庫:晴れた日だけ、昼間に。蓄電池は半分より下まで使わない」
誰も満足していない、とゲンは言った。誰もが少しずつ我慢している、とハルは言った。それが公平ってことなんじゃないの、とナギは言った。
ゲンがスイッチを入れる。天井のLEDが、白く灯った。
体育館に、二週間ぶりの夜の明かりがともる。子どもたちの歓声。誰かが泣いている。小春が、明かりの下で教科書を開いた。
本日の発電量、推定780ワット時。消費予定、610ワット時。収支はプラスです。
おやすみなさい。また朝に。
アカリの画面が、時間どおりに消えた。
この章で学んだこと
- W(電力)は勢い、Wh(電力量)は量。1日の計画はWhで立てる。
- 1日の発電量 ≒ パネル容量 × ピーク日照時間 ×(1 − 損失)。ピーク日照時間は場所と季節で変わり、PVWattsの標準損失は14%。
- 車のスターター用バッテリーは深い放電に弱い。浅く使うほど長持ちする。電池の寿命は使い方の条件で大きく変わる。
- ローカルAI機器の電力は、Raspberry Pi 5(推奨電源27W)、Jetson Orin Nano Super(7〜25W)、Mac mini M4(4〜65W)など。上限で見積もるのが安全側。
- ヒューズとチャージコントローラが小さな直流システムの安全を守る。センサーはAIに「測った事実」を与える。