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Week 2 19:20 第二小学校の体育館
発電機が咳をして、止まった。
体育館の天井から吊るした作業灯が消え、四十人の顔が暗がりに沈む。誰かが舌打ちし、誰かが子どもをなだめる。燃料缶を振ったゲンが、乾いた音に首を振った。
「空だ。スタンドのタンクから手でくみ出した分も、これで終わりだ」
この十日間で、避難所はどうにか形になった。水は霧川からくんで煮沸する。トイレは校庭の端。食料は台帳で配る。けれど夜は蒸し暑く、暗い。明かりのない夜は、思っていたよりずっと長かった。
「電気を取り戻したい」
言ったのはナギだった。全員の視線が、舞台袖の小さな箱に集まる。ナギは画面に向かって、同じ言葉を打ち込んだ。
「電気を取り戻す」は、ひとつの技術ではありません。少なくとも五つの技術の組み合わせです。発電、蓄電、配線、安全、計測。そして、そのどれにも先に必要なものがあります。 図にします。少し時間をください。
画面に、枝分かれした図が広がった。いちばん下に「廃材回収と在庫台帳」。そこから「工具と計測」「直流配線と電気の安全」「蓄電」と枝が伸び、ずっと上のほうに「太陽光発電」がある。
「数えるところから?」ナギは眉をひそめた。「パネルなんて、ホームセンターの屋根にいくらでも載ってるじゃん」
載っています。でも、何枚あって、何ワットで、割れていないか、誰も知りません。つなぐ電線とヒューズがあるか、テスターがあるかも、まだ知りません。 知らないものは、計画に入れられません。
ゲンが、腕を組んだまま画面をのぞきこんだ。
「配線は俺がやれる。電気工事士の免状を取ったのは四十年前だがな」
ありがとうございます、ゲンさん。この図でいちばん希少な資源は、パネルでも電線でもありません。それを安全につなげる人です。
ゲンは鼻を鳴らした。けれど、立ち去りはしなかった。
技術ツリーは「依存のグラフ」
アカリが描いた図は、ゲームでおなじみの技術ツリー です。ただし中身は娯楽ではなく、工学の道具です。
技術ツリーは、数学でいう有向非巡回グラフ(DAG) として表せます。点(ノード)が技術、矢印が「これを作るには、先にこれが要る」という依存関係です。「巡回しない」とは、矢印をたどって元の場所に戻る輪がないこと。輪があると「AにはBが要り、BにはAが要る」ことになり、どちらからも始められません(第9章で、この輪を見つける方法を扱います)。
再建のための技術ツリーでは、各ノードに少なくとも次の4つを書き込みます。
表にない5つ目の属性が人 、つまり技能です。霧ヶ丘で電気を安全につなげるのはゲンだけ。この「人」の制約は、第11章で正面から扱います。
技術は技術からできている
経済学者W・ブライアン・アーサーは、著書『テクノロジーとイノベーション』(原題 The Nature of Technology 、2009年)で、技術の進化を組み合わせ として説明しました。まったく新しい技術は、既存の技術の小さな改良の積み重ねからではなく、既存の技術を組み合わせ、統合することから生まれる。そして新しい技術は、次の技術の部品になる。アーサー自身の言葉では「発明とは基本的に、すでにある解決策を組み合わせて問題を解くこと」です。
太陽光発電システムを分解してみると、この見方がよくわかります。パネルは半導体技術、チャージコントローラは電子回路、蓄電池は電気化学、架台は金属加工。どれも別々の技術の積み重ねで、そのそれぞれがさらに下の技術に支えられています。技術ツリーとは、この「部品の部品」を、再建に必要な深さまで書き出したものです。
ゲームのツリーと違う3つのこと
1. ゼロから始めるわけではない
ゲームの文明は石器から始まりますが、崩壊後の世界には文明の残骸 があります。太陽光パネルを一から作るのは、半導体工場なしには不可能です。でも、屋根から外して使うことならできる。
そこで、技術には3つの段階を区別すると役に立ちます。
使う :既製品をそのまま使える(回収したパネルを配線する)
直す :壊れたものを修理できる(コネクタを交換する、割れたものを選別する)
作る :材料から作れる(金属を削って部品を作る)
廃材がある間は「使う」と「直す」で大きく前進できます。これをサルベージによる近道 と呼びましょう。ただし近道には期限があります。廃材はいつか尽き、劣化します。だから長期の計画には、どこかで「作る」へ移る道筋が必要です。
2. 材料とエネルギーが足りない
ゲームではポイントを貯めれば技術が開きます。現実では、材料が足りなければどれだけ待っても開きません。金属加工(旋盤・溶接)は電気を大量に使うので、発電が先に要ります。技術ツリーは、資源の制約とセットで読む必要があります。
3. 道はひとつではない
電気を得る方法は、太陽光だけではありません。小水力、風力、燃料による発電機もあります。現実のツリーには「どれかひとつができればよい」というOR の分岐があり、どの道を選ぶかが戦略になります。霧ヶ丘が太陽光を先に選んだのは、燃料が要らず、廃材のパネルがすでに町にあったからです。
2つの数字:最短到達と延べ作業
上の教材で「診療所」をタップしてみてください。前提が一気に色付きで広がるはずです。診療所には衛生、水、明かり、冷蔵が要り、明かりには太陽光が要り、太陽光には配線と蓄電が要り……と、根までさかのぼると10個の技術が必要になります。
flowchart TD
S[廃材回収] --> T[工具と計測]
T --> D[直流配線]
D --> B[蓄電]
D --> PV[太陽光]
B --> PV
PV --> L[LED照明]
PV --> C[冷蔵]
B --> C
L --> K[診療所]
C --> K
図5-1 「診療所」へ至る道の一部(電気の系統だけを抜き出したもの)。水・衛生の系統も合流する。
教材は、選んだ技術について2つの数字を表示します。
最短到達 :前提の鎖のうち、いちばん長い道のりの日数。人手が十分にあり、独立した作業を並行して進められる場合の下限です。
延べ作業 :前提すべての日数の合計。1チームが一つずつ順番に片づける場合の目安です。
実際の工期は、この2つの間に収まります。どこに収まるかは、人手と、作業の順番の工夫次第。この「順番の工夫」を計算するのが、第9章の計画エンジンです。
現実の挑戦:グローバル・ビレッジ・コンストラクション・セット
「小さな文明に必要な機械を、誰でも作れるようにする」。これを本気で試みているのが、米国のオープンソース・エコロジー が進めるグローバル・ビレッジ・コンストラクション・セット(GVCS) です。
公式サイトによれば、GVCSは「現代的な快適さを備えた小さく持続可能な文明」を築くのに必要な産業機械50種を、低コストのDIYで作れるようにするモジュール式のプラットフォームで、設計はオンラインで無料公開されています。最初の機械は2007年に作られた圧縮土ブロックのプレス機。トラクターや土壌粉砕機と組み合わせて、2013年には小さな家(マイクロハウス)も建てられました。
一方で、同じページは2018年の時点で完成していたのは50種の約3分の1 だったとも書いています。GVCSは完成度を、概念実証から試作、完全な文書化、実用的な試作、事業化までの段階で測っています。つまり「動くものを一度作る」ことと「誰でも再現できるように文書にする」ことの間には、大きな距離があるのです。
ここが要点 技術ツリーのノードを「開いた」と言えるのは、一度できたときではなく、別の人が手順どおりにやって再現できたとき です。この基準は、第11章(教育と継承)と第14章(再崩壊への備え)で再び重要になります。
Week 2 22:05 体育館
図の上のほうに、ゲンの指が止まった。「金属加工(旋盤・溶接)」。
「ここは、俺の出番か」
はい。ただし、そこへ着くには発電が先に要ります。旋盤は電気をたくさん使うからです。 明日から始められるのは、いちばん下の段です。何がどれだけあるか、数えること。
ナギは台帳の新しいページを開き、一行目に書いた。 「太陽光パネル 枚数:? ワット:? 状態:?」
その夜、体育館は暗いままだった。けれど暗がりの中で、四十人は初めて同じ地図を見ていた。
この章で学んだこと
技術ツリーは、技術を点、依存を矢印とした有向非巡回グラフ(DAG)。各ノードに前提・材料・エネルギー・時間、そして人(技能)を書き込む。
W・ブライアン・アーサーによれば、新しい技術は既存の技術の組み合わせから生まれ、次の技術の部品になる。
崩壊後の再建は、ゼロからではなく残骸から始まる。「使う・直す・作る」を区別し、サルベージの近道と、その期限を意識する。
最短到達(最長の前提の鎖)と延べ作業(前提の合計)の間に、実際の工期がある。
技術が「開いた」と言えるのは、文書化され、別の人が再現できたとき。GVCSの挑戦がその難しさを示している。
さらに深く学ぶ 入門 本
この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた
ルイス・ダートネル(著)、東郷えりか(訳)(2015)
『The Knowledge』の日本語訳(河出書房新社)。日本語で読める再建技術の入門書として、まず手に取りたい。
入門 Web資料
Global Village Construction Set
Open Source Ecology (Marcin Jakubowski)(2011)
小さな文明を作るのに必要な50種類の機械を、オープンソースで設計しようとする計画。技術ツリーを具体的な機械の一覧として見られる。
入門 Web資料
Appropedia
Appropedia Foundation and contributors(2007)
適正技術や持続可能な暮らしの技術を集めたオープンなウィキ。オフラインのAIに載せる知識源の候補にもなる。
中級 本
テクノロジーとイノベーション:進化/生成の理論
W・ブライアン・アーサー(著)、日暮雅通(訳)(2011)
『The Nature of Technology』の日本語訳(みすず書房)。技術の組み合わせ進化を日本語でじっくり読める。
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